大阪高等裁判所 昭和49年(う)170号 判決 1974年7月19日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年に処する。
押収してあるけん銃実包八発(当庁昭和四九年押第六七号の一)覚せい剤粉末一包(同号の二)改造けん銃一丁(同号の三)覚せい剤原料二びん(同号の四)を没収する。
原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人山口貞夫作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について
論旨は、原判決は認定事実の証拠として、けん銃実包八発(当庁昭和四九年(押)第六七号の一)覚せい剤粉末一包(同号の二)改造けん銃一丁(同号の三)、覚せい剤原料二びん(同号の四)を掲げているが、これらの証拠物は交通事故の被害者である被告人の保有する自動車およびその中に入れてあつた名刺人れのなかにあつたものであるところ、警察官は令状によらないで犯罪の嫌疑もないのに憲法三五条の定める住居、書類及び所持品についての基本的人権を侵害して自動車のなかに立入り捜索し、車内にあつた名刺入れを開いて在中物を点検したが、右発見手続の違法性の程度は憲法に定める基本的人権にふれるものとして著しいといわざるをえない。したがつて右点検により発見した覚せい剤、実包についての捜索、差押は発見手続の違法の影響を受けざるを得ないのみならず、右捜索、差押に際し警察官は刑事訴訟法二二二条、一一〇条、一一四条二項に反し被告人が自動車の修繕又は場所的移転を依嘱したにすぎない加害者側の藤川宏治を立会人としたが、同人は本件事故については被害者と利害対立する立場にある人物であるので、同人を立会人とすることは、不当不法であり、しかも差し押えるべき物として令状に記載されていない改造拳銃、覚せい剤原料まで差し押えたのであるから、この捜索、差押手続自体重大な違法性を有する右改造拳銃、覚せい剤原料につき後刻、得た差押令状と現場への警察官の出向は、形式をととのえるために行なわれただけのものである。そうすると、本件証拠物は違法手続により収集されたものであるから証拠能力を欠くものであるのに、これを事実認定の証拠として採用した原判決には、訴訟手続の法令違反があるというのである。
よつて所論にかんがみ、本件記録と当審における事実取調の結果に基づき審究するに、京都府向日町警察署の交通係警察官は昭和四七年一〇月二三日午後三時過ぎ頃交通事故発生の連絡を受けて事故現場である京都市南区久世中久町三丁目四八番地先国道一七一号線路上に赴き、交通事故の捜査として加害自動車の見分、現場の状況を見分した。その際、すでに被害者は救急車で病院に運ばれ不在であつたが、被害自動車をみると、車内が散乱し、運転席と助手席の間のミッションの上に名刺入れが見えていたため、被害者の身元を確認するため運転席側のドアーを開けて車内に立ち入り、右名刺入れのなかをみたところピストル実包三発と覚せい剤一包とを発見したが、これをそのまま元あつた所に置き帰署し、直ちにその旨捜査係に連絡した。捜査係警察官は、同日向日町簡易裁判所裁判官から被疑者「氏名不詳、」被疑事実「火薬類取締法並びに覚せい剤取締法違反」捜索すべき場所及び物「京都市南区久世中久町六七六の三(株)大興製作所建築現場前普通乗用車京三三さ五七三号車中」差し押えるべき物「一、けん銃実包、二、覚せい剤」とする夜間執行を許可する旨の捜索差押許可状の発付をうけ、現場に臨み、折柄、被告人の見舞に救急病院に赴き、同人から被害自動車の保管を頼まれて鍵を預り、右現場に来合せた加害者の運転手の上司藤川宏治に対し右令状を示して立会人となることを求め、これを承諾した同人は自動車のドアーをあけたので、同日午後七時四〇分から午後八時一〇分までの間これを捜索し、車内運転席付近のシート上の名刺入れの中からけん銃実包三発、覚せい剤一包を、同車後部トランクからけん銃実包五発を差し押えたが、その捜索をしている際、偶々、前記令状に記載されてない法禁物である改造拳銃一丁、エフェドリン二びんを発見したので、立会人に任意提出方を求めたが、同人は応諾しなかったところが当時被告人の自動車は追突され破損していたので、これを修理工場へ運ぶレッカー車がすでに来ていてその出発を急いだため捜査係警察官は右法禁物についての差押令状を請求するいとまがなく、さりとてそのまま車内に放置するわけにもいかず、一応これらを差押物件と一緒に本署に持帰つた。その直後正規の手続にのせるため前記裁判所の裁判官から改めて右法禁物の差押許可状(夜間執行許可)を得て、右物件を自動車の修理工場(京都市南区唐橋南琵琶町二三、大塚産業(株)京都工場)に持参して本件自動車内に置き、前記立会人立会のもとに前同日午後一一時五〇分から午後一一時五五分までの間に差し押えたこと、弁護人は原審公判廷で本件証拠物の証拠調につき違法に収集した証拠であることを理由に異議を述べていることが認められる。
ところで、憲法三五条一項は基本的人権として「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、三三条(いわゆる現行犯)の場合を除いては、正当な理由に基づいて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。」旨宣明し、これをうけて刑事訴訟法はいわゆる令状主義の諸規定(一〇六条、一〇七条、二一八条、二一九条等)を設けていることにかんがみると、これら憲法、刑事訴訟法の規定する令状主義の精神を没却するような証拠収集手続上の重大な瑕疵がある場合には、その証拠物は証拠能力が否定されるが、それに達しない場合には証拠能力に影響がないと解するのが相当である。
これを本件につきみるに、交通事故の発生の連絡を受けた交通係警察官が事故現場の実況見分にあたり被害者の身元確認のためとはいえ、被害車内に立入り、そこにある名刺入れの在中物を点検したことは、被害者の承諾のない限り任意捜査として許容される限度を超えたものとみられないこともないが、被害者である被告人が追突事故のため救急病院に収容され、その運転していた自動車が破損し、原判示国道上に放置されていたうえ、車内が散乱して名刺入れが見えていた状況の下において交通係警察官が被害自動車であることの明らかな車両内で証拠物件を収集することなどはもともと念頭になく、ただ被害者の身元を一刻も早く確認する必要上、右の名刺入れを見るため、被害車内に立入り、名刺入れの在中物を点検をしたものの在中品はそのまま元あつた所に置き帰署しているのであるから、右捜査の違法は重大な瑕疵とはいいがたい。したがつて名刺入れのなかからたまたま実包と覚せい剤を発見し、これを捜査係警察官に報告したことがその捜査の端緒となつても、この捜査の違法によつて爾後の令状発付を得てなされた証拠収集手続の効力には何らの影響を及ぼすものではない。
ところで、捜査係警察官は前記のごとく、捜索差押許可状の発付をうけ、現場に臨んだが、その時点においては処分を受ける被疑者の氏名も詳かでなかつたので刑事訴訟法上立会人として適格性に欠けるところのない藤川宏治の立会のもとに、本件自動車を捜索して、車内および後部トランクから差し押えるべき物として許可状に特定明記せられたけん銃実包、覚せい剤を差し押えたのであるが、右差押が適法な押収手続であることはいうまでもないところである。
しかるところ、右の捜索中に偶々発見せられた改造拳銃一丁、エフェドリン二びん(覚せい剤原料)は許可状に差し押えるべき物として記載せられていないが、いわゆる法禁物であつて、その所持が禁止されている物であり、また被害自動車が破損したまま路上に放置されているため、道路における交通の安全や円滑を図る必要からも右自動車を修理工場に運搬することを急がなければならない等緊急切迫時のことでもあり、しかもこれら物件の任意提出を求めえられず、新たに令状を求める暇もない状況のもとでは、右法禁物の隠匿、散逸等を防止するための処置として、一応、これを前記藤川宏治同道のうえ警察署に持帰つた後、短時間内に右物件につき差押許可の発付を請求しその許可を受けるや、直ちに移動先の被害自動車内で立会人の立会のもとに差押がなされているのであるから、この差押を目して所論のごとく令状なくして行なわれた差押であると解するのは相当でない。
そうすると、本件の証拠収集手続には警察官のなした前記名刺入れの在中物の発見方法、捜索差押許可状の執行にあたり、差し押えるべき物として令状に記載してない物件まで警察署に持帰つた点において瑕疵があるけれども、その瑕疵の程度は収集手続を全体的に観察評価するとき、憲法、刑事訴訟法所定の令状主義の精神を没却するような手続上の重大な瑕疵があるとまではいえないから、本件証拠物の証拠能力には影響がなく、したがつてこれらを証拠として取り調べ、かつ、事実認定の用に供した原裁判所の措置には訴訟手続の法令違反は認められない。論旨は理由がない。
控訴趣意中量刑不当の主張について
論旨は、量刑不当を主張するものであるが、所論にかんがみ記録を精査し、当審における事実の取調の結果を参酌して案ずるに、暴力団の組長である被告人が自己の自動車内に原判示数量の改造けん銃、実包、覚せい剤粉末、覚せい剤原料を不法所持した犯行の態様、殺人未遂、銃砲刀剣類所持等取締法違反等により懲役七年に処せられた原判示累犯前科をふくむ犯罪歴などに徴すると、被告人の刑責は厳しく追及すべきであるが、一方本物件の入手経緯、被告人が何らかの目的でこれらを利用しまた利用しようとしたこともないこと、現在土木建築請負業を営み真面目に生活をしているなどにかんがみると、原判決の科刑がやや重すぎると考える。論旨は理由がある。
よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書に従いさらに判決する。
原判示事実(ただし、累犯前科と確定裁判の項をふくむ)に原判示法条(ただし、刑事訴訟法一八一条一項但書を同条同項本文に改める)を適用して主文のとおり判決する。
(杉田亮造 矢島好信 加藤光康)